東京湾でも津波はおきるのか?

 東日本大震災という呼び方を変えてほしい。岩手県陸前高田市で被災した村上仁子さん(63)が、そう訴えている。
 「ほとんどの人が津波で犠牲になったのに、名前に津波という言葉が入らなければ、これから生まれてくる世代にそれが伝わらない」

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011042002000169.html

今回の大震災では建物の倒壊とか火災じゃなくて、巨大津波による死者などの被害が大きかった。
首都圏も「大地震が起きる数十年以内に起きるいつか起きる」と言われ続けているけど、津波もおきるのかなぁ…?

数日前にはてブホッテントリにはいったこのサイト
Flood Maps
http://flood.firetree.net/
標高データーから、海面が◯m上昇したらどこが海に沈むかが一目でわかる地図サイトだけど、これをみて「◯◯メートルの津波がきたらここが沈むな」という書き込みが目立った。

東京湾は東北三陸とは真逆の、入り口がせまくて奥が広い構造だ、湾内が震源地でないと津波なんておきなんじゃないのか?

と思ったら、東日本大震災津波東京湾の中まで到達し被害をだしていた!
津波被害、東京湾でも 漁船転覆・養殖ノリ設備破損  :日本経済新聞
http://www.nikkei.com/news/headline/article/g=96958A9C93819695E3EBE2E1818DE0E2E2E6E0E2E3E39180E2E2E2E2

被害想定に関する動き

政府による被害想定発表後、メディアはこのニュースを大きく取り上げ、社会的にも話題となった。この背景には、被害想定発表前後に日本国内外の各地で2004年(平成16年)のスマトラ島沖地震新潟県中越地震、2007年(平成19年)の能登半島地震などの地震災害が相次いだことがあった。また、被害想定発表後に発生した千葉県北東部地震や千葉県北西部地震では実際にエレベーターへの閉じ込めなどが発生し、再びこの話題が取り上げられた。このほか、後の構造計算書偽造問題に関して社会に不安が広がった背景にこの被害想定があるとの見方もある。

なお、この想定は直下地震発生のケースの場合であるため、(大正時代の関東大震災の様な)海溝型地震によって併発されると言われている津波の発生については想定されていない。更にそれ以外の地域(関東で最も地震が多い北関東や房総半島沖など)での地震も否定できない。その場合には政府の被害想定とは違った被害状況も成り立ち得る(例えば小松左京原作の『日本沈没』では、東京湾内を震源とした海溝型地震による津波の発生が想定されている)。

南関東直下地震 - Wikipedia

津波は想定してないようなんだよねぇ…。0メートル地帯である江戸川区江東区ハザードマップみても、「洪水」であって「津波」じゃないしなぁ

関東大震災じゃ津波はおきなかったけ?

津波静岡県熱海市 12m。千葉県相浜 9.3m。洲崎 8m、神奈川県三浦 6m。鎌倉市由比ケ浜で300人余が行方不明。

関東大震災 - Wikipedia

駿河沖が震源であって太平洋沖での被害がひどいなぁ…。この「洲崎」てどこだっけ?

洲崎神社は、桂昌院(徳川五大将軍綱吉公の生母)が崇敬した江戸城中紅葉山の弁財天を、護持院(現護国寺)隆力の進言により元禄13(1700)当地に遷座して創建、当地が海岸に浮かぶ弁財天であったことから、文人墨客の参詣を集めていたといいます。明治5年に村社に列格、昭和43年い現社殿を造営しています。また、寛政3年(1791)に押し寄せた津波により、当地周辺は多数の死者行方不明者を出し、江戸幕府は当地を東北、平久橋の袂を西南とした一帯を買い上げ、居住禁止区域とした際の波除碑(津波警告の碑)が残されており、東京都指定文化財となっています。

洲崎神社|江東区木場の神社、旧村社、津波警告・波除碑

うわぁ、洲崎って木場じゃん江東区じゃん。東京にも「ここより家を建てるな」の石碑があったんだ!!

波除碑
寛政3年(1791)9月4日、深川洲崎一帯に襲来した高潮によって付近の家屋がことごとく流されて多数の死者、行方不明者が出た。
幕府はこの災害を重視して洲崎弁天社から西のあたり一帯の東西285間、南北30余間、総坪数5,467坪(約1万8000平方メートル)を買い上げて空き地としこれより海側に人が住むことを禁じた。そして空地の東北地点(洲崎神社)と西南地点(平久橋の袂)に波除碑を建てた。当時の碑は地上6尺、角1尺であったという。
石碑は砂岩で脆く、震災と戦災によって破損が著しい。現在地は原位置から若干移動しているものと思われる。
建設は寛政6年(1794)頃で碑文は屋代弘賢によるものと言われている。(東京都教育委員会掲示より)(境内掲示より)
http://www.tesshow.jp/koto/images/shrine/kiba_suzaki6.jpg

あれ?地震による津波じゃないの?寛政3年には江戸・関東では地震がおきたというページが見つからなかったし…。

東京湾には津波がこない!? | OKWave
http://okwave.jp/qa/q6628048.html
の回答の中に、興味深い調査結果の情報がっあた。

歴史地震研究会
http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/rzisin/

東京湾浦賀水道沿岸の元禄関東(1703)、安政東海(1854)津波とその他の津波の遡上状況」
http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/rzisin/kaishi_21/P037-045.pdf
を読んでみると、隅田川が溢れ、船が揺れて死者がでた記録もあるが、高さが2mを超えることは考えにくいと結んである。

東京、とくに江戸川や江東区など海抜が低い地域は津波よりも、地震による堤防の決壊の方が怖いよなぁ…津波がこなくても海に沈むし。